わたしは、本当は母乳育児をそんなに難しく考えていなくて
「目の前にある」
「赤ちゃんが可愛いと思ったら、母乳をあげたくなる」
「目の前に美味しそうなものがあったら食べてみたくなる」
そんな自然な流れの中に母乳育児があると思っています。
母乳の生理学を学んだら感動する。
でも、難しいことを伝えて、だから母乳がいいんだよ!
と正論をいうのは疲れてしまいます。
人工乳と母乳を比較して
メリットデメリットを考えるのも
余り好きではありません。
生身の母子の母乳育児をしている姿を見ていたら
何より美しい
「母乳あげてたら親子で寝てしまった」
って姿は一生探してもその時期しかない幸せな光景。
赤ちゃんの長期にわたる成長発達を傍で見ていたら
お母さんのおっぱいを赤ちゃんが吸う行為が
いかに母子の心を満たし、その地味でシンプルな行為が
人のからだを強くし、筋肉隆々で
人を信頼する軸を作っていくという点で大事なことかと
いつも思わされるのです。
赤ちゃんにとっては
安心という感覚を、言葉や視覚などの知識や情報で獲得することはできません。
母乳育児を通して体感として肌に刻んでいくのです。
母乳育児の本筋はそこなのです。
それは同じ母乳でも
搾乳した母乳を哺乳瓶であげるのはまた違う行為。
哺乳瓶で母乳をあげても、赤ちゃんはお母さんの裸にふれることはできない。
なんなら、赤ちゃんに哺乳瓶をもたせて授乳させても母乳をあげられます。
今後はロボットが搾乳した母乳を哺乳瓶に入れて、赤ちゃんに飲ませることもできるでしょう。
でも、それは違うのです。
搾乳しているお母さんがいう言葉
「搾乳していても幸せを感じない、義務感。でも赤ちゃんに吸われると幸せに満たされる」
全ての人がそう感じないかもしれないけれど、
そう話されるお母さんにたくさん出会いました。
病院で産んだお母さんも、助産院で産んだお母さんも
自然派でも、そうじゃない人も。区別なくお母さんがおっしゃった言葉。
お産があれだけ痛かったのに
産んですぐに赤ちゃんを抱っこしたら
痛みを忘れて「また産みたい」ってなる女性がたくさんおられるように。
自然に湧いてくる感覚なのです。
直接お母さんの乳を赤ちゃんが吸う授乳。
多くの方はそれを1年以上されます。
泣いたらおっぱいをあげる
泣いたらおっぱいがもらえる
それを毎日毎日10回ほど
赤ちゃんがおっぱいを止めるまで3650回とか7000回とか10000回とかやるわけです。
空腹を満たすだけじゃない
こころを満たす
母にぴったりとくっついて母の乳を吸う行為
安心を満足するまで与えてもらえる
それは0歳~2歳くらいまでの
その時にしか与えてあげられない大事な大事なもの。
母の素肌に頬が触れ、お母さんが温かさに包まれる
皮膚から感じ取る安心
これは赤ちゃんの
しかも生まれてすぐから、2歳くらいまでの限定された時期にしかできないこと。
大人になっていけばいくほど
他者から触れられることに緊張する人
性交の時に緊張する人
赤ちゃんの時にどんな生まれ方だったのだろう、生まれた後の授乳はどうだったのかと思いを馳せてしまいます。
小さい時に何度も何度も素肌で触れ合った経験は
自己信頼と他者信頼
の核を授乳を通して作られています。
大人になっていく過程で
色んな困難があるかもしれません。
虐待やいじめ、暴力に合うこともあるかもしれません。
でも、母乳育児は人としての土台となる
0歳の時に絶対的信頼者の母の肌に直接触れて
満足するまでお乳を吸わせてもらうこと
おなかもこころも満たされる経験のそれ以上のものは他にありません。
だからこそ、この時にしかできない母乳育児を
簡単に母子から奪ってはいけないし
母乳育児をしたいと思っている母子には
それがうまくいくように専門家として
妊娠・出産の時から断続して母乳育児に繋がる支援をしたいと思うのです。
そして、母乳育児が長く続けられるように、お母さんが職場復帰しても続けられる支援だったり
方法を一緒に考えたりしたいと思っています。
母乳育児はお母さんが望めば
どんな方法でもあなたなりのやり方でデザインすることができます。
そのお手伝いをしています。
人工乳で育った、育てた人がおられます。その人たちを傷つけたいわけではなく、否定したいとも思っていません。命を繋ぐのに必要な時があります。
母乳と人工乳に優劣もありません。
これから生まれてくる赤ちゃん達が、母乳を吸って大きくなれるように力になりたいと思うのです。
母乳を吸う赤ちゃんの権利を社会の中で守られるように
わたしが母子や人類にとって大切と思っていることが、老若男女すべての方が大切に感じていただけるように
そういう社会であるように
わたしは伝えて行きたいと思っています。